岩々が織り成す景勝、羅漢地山・昇仙峡 修験の歴史に想いを馳せて渓谷を歩く

エリア:山梨県甲府市

ソーシャルハイカー/コンサルタント

武石綾子(たけいしあやこ)

梅雨の中休み、一瞬の晴れ間に手軽な山旅を求めて

その名の通り、とても雨が多く、長かった今年の梅雨。山に行きたくてうずうずしているのに、なかなか天気がよくならない……世の多くのハイカーと同じように、わたしもそんな欲求がムクムクと膨らむ。梅雨らしい梅雨が続く中、久々に「晴れ間が垣間見えるかも」と予報された7月のとある日。この好機を逃すまいと、私は久々の山旅へと車を走らせた。行先は東京からのアクセスがほどよい「羅漢寺山(らかんじやま)」だ。山梨県の甲府市と甲斐市に裾野を広げる、白い花崗岩が特徴的な山である。

パノラマ台(金剛峰)~展望台(鷲ヶ峰)~弥三郎岳と、三峰が連なる羅漢寺山。しかし「羅漢寺山」と聞いてピンとくる人は、もしかするとあまり多くはないかもしれない。むしろこの山の麓を流れ、日本一美しい渓谷美を堪能できる「御岳昇仙峡」なら、知っている人も多いのではないだろうか。甲府市街地からもほど近い景勝地だ。

もう何年も前の話。まだ山を始めたばかりの頃、友人と連れ立って甲武信ヶ岳(こぶしがだけ)に向かったことがある。その日はとても寒く、登山口に行くまでの道が完全に凍結してしまっており、やむを得ず登山をあきらめた。気持ちも服装も装備も、すっかり登山をするつもりで来ていたわたしたちの「山を歩きたい!」という想いを、いったいどこに持っていけばよいのか……。同じくテンションの低い友人とともに山梨名物ほうとうを食べながら地図を眺め、「紅葉がきれいらしいよ」という評判を目にして、行き先を変更したのが羅漢寺山、そして昇仙峡だった。正直なところ、あまり期待せずに立ち寄ったのだが、想像を超える絶景に巡り合うことができ、ぐずついた天気を良い思い出に変えてくれた素晴らしい代替案になったことをよく憶えている。それで、いつかまた再訪したいと思っていたのだ。

雨の日だって楽しめる、御岳昇仙峡の渓谷歩き

晴れ間を期待して出てきたものの、現地についてみると残念ながら無情の雨がしとしとと……。山の天気は気まぐれである。せっかく来たからには歩きたいけれど、どうしようかとやや思案。

羅漢寺山、特に最高峰の弥三郎岳は、ロープウェイを使用することであっという間に山上の世界へと上がることができるのが魅力。この日、私がこの山を選んだのも、ロープウェイを降りて20分も歩けば素晴らしい展望を望むことができる、お手軽登山を楽しみたかったからだった。

晴れていれば、写真のように遥か遠くの山まで見渡せる羅漢寺山だが、それはまた次の機会のお楽しみにとっておくとして、今日はがらりと方針変更。名瀑に巨岩、寺院に神社と見どころが盛りだくさんの昇仙峡とその周辺に焦点をあてて、傘をさしながら渓谷道をゆっくり歩いてみることにした。

岩肌を削って流れ落ちる仙娥滝、そして修行の地であった覚円峰を望む

県営駐車場に車を止めて、定期バスで仙娥滝(せんがだき)に向かう。バスを降りて売店に寄り道しながら歩いていると、すぐに「金櫻神社(かなざくらじんじゃ)」と書かれた石の鳥居が現れた。その鳥居をくぐってさらに階段を下りていくと、名瀑・仙娥滝がお目見えする。日本の滝百選に入るこの大きな滝は、花崗岩が削られてできた、落差30mの大迫力が見事。この日は雨で水量が増えていたおかげで、よりダイナミックな滝の流れを楽しむことができた。雨の渓谷歩き、なかなか悪くない滑り出しだ。

ここから遊歩道をゆっくりと下る。石門など、名前の付けられた大小さまざまの岩が出迎えてくれて、遊歩道を歩くだけで楽しい気分になる。空を見上げると迫力ある巨岩が次々と現れ、中でも昇仙峡のシンボルともいえる高さ180メートルほどの覚円峰は圧巻だ。「たくあん漬け」を考案したと言われる沢庵和尚の弟子であった覚円が、その昔この岩の頂で座禅を組んだことから名付けられたそうだ(ちなみに、井上雄彦氏の人気漫画『バガボンド』の登場人物の中で私が一番好きなのが沢庵和尚。これにはひそかに興奮した)

「こんな岩のどこで座禅をくんだの??」と疑ってしまうくらい急峻な岩峰。当時の修業は現代人には想像に難い厳しく険しいものだったのだろう。頂上は畳数畳分の広さがあるというから、座禅をくむには充分の広さがあるようだけれど。

この覚円峰をはじめとして、大小様々な巨岩・奇岩が渓谷沿いに連なっている。ひとり、誰とも話さずに岩肌を眺め歩きながら、どうしてこんな形になったんだろう……とぼんやり考えてしまった。

昇仙峡を歩いていると、至る所でそのような「成り立ち」や「由来」の不思議を感じる瞬間がある。先人の営みや渓谷に残る文化、自然の造形の物語に想いを馳せて歩いてみると、景勝がより趣深く感じられるだろう。

のんびり歩いてのどが渇いてきた頃、素晴らしいタイミングで食事処の看板が目に入った。店先の看板には、なんとも心惹かれるメニューの数々。うどんにそば、ケーキも、と目移りする。意外と汗をかいていたので、山梨産の桃をまるまる1個しぼったジュースを飲んでしばし足休めすることにした。梅雨の合間とはいえ夏間近、冷えたジュースが火照った身体に染みわたる。川の音と鳥のさえずりを聞きながら、別に注文した地のものに舌鼓を打ってまたのんびり。あぁ、なんて贅沢な時間。

観光スポットを抜けて、密やかに佇む「羅漢寺」へ

足休めをしている間に雨はすっかりあがり、体力も十分に残っていたので、川の流れに沿って羅漢寺山の由来となった羅漢寺まで足を延ばしてみることにした。渓谷沿いに、さらに下流へと歩を進める。ついさきほどまで雨だったということもあってか、仙娥滝付近と比べると人もまばらで、あたりはとても静かだ。

羅漢寺橋を渡ると、50段ほどの石段が本堂へとつながっており、その一角にある保存庫で日本最古と言われる木造の五百羅漢像(現在保存されているのは百五十四体)の姿を拝むことができる。平安時代初期の僧であり、真言宗の開祖としても知られる空海(弘法大師)により作られたものだ。

ところで、登山の際、その山の山名由来について考えることはあるだろうか? 羅漢寺山はといえば、元をたどると山全体を三岳と号し、一の岳に阿弥陀、二の岳に釈迦、三の岳に薬師をまつる小堂を立て、羅漢の像を祀り、山全体を修験の場ととらえていたことに由来しているという。

現在、羅漢像はすべてこの羅漢寺に集約されているとのことだが、水害や山火事など様々な災害が予想される山中において、日本最古といわれる木像がこれだけ多く残っていることには驚かされる。これまでの長い山寺の歴史の中で、修行に励んでいた僧が、空海先生の羅漢像を胸に抱いて自然災害から守り抜いた、そんな物語もあったのかもしれない。それは私の稚拙な空想だけれど、もしかしたらこの場所、歴史好きな人にはとんでもなく楽しい場所なのではないだろろうか。

山名の由来にしろ、言い伝えられている歴史にしろ、山を歩くときにはほんの少しのトリビアや妄想を加えてみる。それだけで山道の景色が少し違ってみえるのが、山の面白いところだろう。もちろん、必死に登っている時はそんな余裕はないのだけれど。

金峰山信仰のパワースポット、金櫻神社で手をあわせる

雨の昇仙峡を堪能する旅もいよいよ終盤。振り返ってみると、旅のはじめに訪れた仙娥滝前の鳥居に書かれていた神社の名……そう、「金櫻神社」のことがずっとひっかかっていた。そこで、グリーンラインの駐車場から車で5分程のこの古社に、旅の締めくくりに立ち寄ってみることにした。

金櫻神社は金峰山を神体山とする神社であり、その本宮は金峰山山頂にある五丈岩だ。昇仙峡を登りつめた場所にあるこの神社は、その金峰山頂の本宮に対して里宮にあたる。旅の最初にくぐった鳥居からこの里宮までの道が参道になっているというわけである。

金櫻神社の御神木は、その名の通り「金櫻」だ。「金の成る木」として崇められており、満開の季節に拝みに来ると、一生お金に困らないのだとか(満開の季節にまた来よう、と決意したのは言うまでもない)。金櫻は鬱金桜(うこんざくら)という黄色(鬱金色ともいう)の花を咲かせる唯一の品種で、一般的な桜よりも少し開花が遅く、黄色の花弁が散る様はとても美しいという。

御朱印の印章が水晶でできているのもこの神社ならではといえるだろう。かわいらしい桜型のおみくじや富士山の遥拝所、美しく清々しい朱色のお社など、乙女の旅心をくすぐってくれる要素がたくさんあって、つい長居してしまう居心地の良さだ。

それにしても、本宮が金峰山の山頂とは、なんと神域の広いこと。昔の人はこの神社まで時間をかけて足を運び、金峰山に手をあわせて暮らしの安全と繁栄を祈願していたのだろう。そんなことを思いながら標高2599mの金峰山山頂の五丈岩を目指せば、なんだか普通の登山とは違う神聖な山歩きができそうだ。「よーし、いつかは金峰山を目指そう。今回の山旅もよいご縁があったなー」と、ここでまたハイカー魂に火がつき、独り言ちた。

羅漢寺山と昇仙峡の一帯は交通の便もよく、とても現代的かつ手軽な観光向けのスポットと言える。しかしそこに秘められている山岳信仰や修験の歴史はとても長く、奥深い。そこかしこに縁起や起源の説明が記されているので、見聞を広げるタイムトリップハイキングを楽しむのも一興だろう。

心地良い疲労感と充実感を感じながら車に乗りこむ。ふと、前から気になっていた山道具の店に寄っていこうと思い立った。駅方面へ車を走らせながら、「甲府には味わい深い店が軒を連ねる横丁エリアがいくつかあって、地元の酒と肴を楽しむのが良いよ」と知人が興奮して話していたことを思い出す。観光名所がいくつもあるのは知っていたけれど、そうか、甲府は夜も面白いのか。

次に来るときは、早朝から羅漢寺山と昇仙峡をじっくり歩いて、夜はうわさの横丁へ繰り出そう。甲府には、色々な顔があるんだし――。車で赴いたことをほんの少しだけ後悔しながらそんなことを想い、ハンドルを握る。甲府駅に着いた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。

文・写真 :ソーシャルハイカー/コンサルタント 武石綾子

<コース> 

グリーンライン(県営駐車場)からシャトルバス⇒仙娥滝⇒石門⇒羅漢寺⇒金櫻神社

<アクセス:公共交通>

http://yamanashikotsu.co.jp/route_bus/route_sp_info/shosenkyo/

昇仙峡の地図はホームページよりダウンロード可能

https://www.shosenkyo-kankoukyokai.com/%E6%98%87%E4%BB%99%E5%B3%A1%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%9B%B3.html

この記事を書いた人

武石綾子(たけいしあやこ) ソーシャルハイカー/コンサルタント

コンサルティング会社勤務を経て2018年に独立。各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。コンサルティングの経験を生かし、地域や企業などのコミュニティに関する課題解決支援にも従事。

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