マニアックな場所にこそ醍醐味がある 中国地方5県じてんしゃ旅

「Cycle Sports(サイクルスポーツ )」編集部員

大宅宏幸(おおや・ひろゆき)

忘れ得ぬ旅

私は日頃、スポーツ自転車の雑誌/ウェブメディア「Cycle Sports(サイクルスポーツ)」の編集を生業としているが、仕事柄全国いろいろな場所のコースやイベントの取材に行く。怒られるのを覚悟で言うと、正直なところ取材を繰り返すうちにだんだんと感動がなくなってくる。どこも同じような場所に見えてくるのだ。もちろん、そんなことふだんは書けないが…。

そんな中、2019年の晩夏に行った中国地方5県のサイクリングコースとスポットの取材は、かつてない印象を私の心に残した。特にその中でも忘れがたいのは「山口〜島根」「岡山〜鳥取」の2つのコースだった。それはなぜか。

突然だが、皆さんは自転車でちょっとした旅をするならどこへ行くだろうか? 例えば東京に住んでいれば、近隣地域を挙げる人が多いだろう。しかし私は、そこにあまり感動はないと思う。

いきなり結論的な話になってしまうが、マイナーでマニアックな場所にこそ(山口〜島根、岡山〜鳥取の地元の人々には本当に失礼だが)、自転車に限らず旅の醍醐味があるのだ。それは、 マイナーだからこその意外性、快適さ、食のうまさ、豊かな自然、景観の良さといった要素が詰まっていることが多いからだと思う。前出の2つのコースにはそうした要素が存分に詰まっていたのである。

というわけで、この中国地方“じてんしゃ旅”の魅力をお伝えしていこう。

【TRIP1 山口〜島根】 歴史と“何もなさ”を楽しむ旅

最初に旅したのは、山口県の萩から県北西部を進んで島根県に入り、津和野〜益田へ至るコースだ。行政によって作られた推奨サイクリングコースで、次に紹介する岡山〜鳥取のコースも同じ施策の一環として設定されたもの。この旅はその取材だったというわけだ。

コースの距離は134kmで獲得標高は約2800mと、そこそこ走り応えはある。ある程度観光スポットに寄ったり、食事をしつつ進むなら1泊2日にしておけばいいだろう。

初日:歴史情緒あふれる街並みと旧所名跡を巡る(山口県萩市〜島根県津和野市)

スタートは萩駅から。無料で入れるホームを眺めてから、スタートする。

初日は萩市街と周辺地域のスポットを自転車で巡り、島根県に入って津和野まで行く。今回はロードバイクという、細いタイヤで車重が軽く、舗装路をスピードを上げて走るのに適した自転車にした。市街地での取材だとちょっと走りにくいかなと思っていたのだが、意外や意外、街の道路はとにかくきれいに整備されており、驚くほどに走りやすい。信号も思ったよりも少なく、交通量が少なめなのもいい。

だからといって、歴史的景観が損なわれているわけではない。街並みと道路の整備が見事に調和している。

最初は萩城城下町の歴史景観地域へ。往時の姿をほぼそのまま留めていることに驚く。

そこから海沿いの爽快な道へ出て、海に突き出た姿が印象的な天然の要害、指月山(しづきやま)を横目に軽快に飛ばす。

小道をつなぎ、藍場川(あいばがわ)へ。江戸時代に整備された人工の川で、萩の街を印象づけるスポットの一つだ。

郊外へ進み、世界遺産の松下村塾(しょうかそんじゅく)、黄檗宗(おうばくしゅう)の大寺院・東光寺を訪れる。歴史的建造物を現代的なスポーツ自転車で巡っていく、そのミスマッチが何とも楽しい。

萩は城下町なので、やはり狭い路地が多い。車で回るには難しく、かといって徒歩で巡るのも時間が掛かる。となると、自転車が最適なのだ。それを再認識させられる。

市街の取材を終え、いよいよ萩郊外から次の町・津和野へと続く山間の道へと走り出す。と、その前にちょうど良い所に「道の駅 萩しーまーと」がある。地元で取れた海産物がずらりと並び、海鮮丼がうまい道の駅だ。ひとまずはここで腹ごしらえ。

のどかな県道を島根県方面へと進む。信号がほとんどない。道路がきれい。車が少ない。牧歌的な景色。最高だ。自転車とは、こういう所を走るための乗り物なのだ。

途中、雲林寺という臨済宗の寺へ立ち寄る。“猫寺”と呼ばれ、現住職が猫の置物などを多く寺の中に置いたことから有名になった寺だ。サイクリストウェルカムで、工具やポンプも借りられる。ぜひとも寄っていきたい場所だ。

ちなみに、本物の猫は全部で4匹いる。

リフレッシュしたところで先へ進む。山奥ではあるがさほど標高は高くないので、アップダウンはそれほどきつくない。

島根県に入り、津和野市街へ向かう。津和野(つわの)は“山陰の小京都”とも呼ばれ、ここにも城下町の町並みが残る。初日の最後として、有名スポットをいくつか巡っていく。

まずは千本鳥居で知られる太鼓谷稲成神社へ。朱色の鳥居がまるでトンネルのように連なる姿が圧巻のスポットだ。

続いて津和野城跡へ。石垣のみが残る山城だが、そこから眺める景色が絶景とのこと。観光リフトで上り、徒歩20分程度のプチ登山となる。普通の靴に履き替え、行ってみる。

観光リフトを降りてから思ったより歩くので、自転車に乗った後の体にはこたえたが、城の石垣からは町を一望できる絶景が待っていた。

初日はここまで。津和野の町で投宿する。

2日目:何もない。信号もない道をひた走る(島根県津和野市〜益田市)

2日目。前日の夜は飲みすぎた。吐きそうなほどの二日酔い…。とはいえ先へ進まねばならない。まずは町にある名物和菓子店「和菓子処 三松堂 津和野本店」へ。

若い店主が出迎えてくれる。サイクリスト大歓迎で、お薦めは源氏巻とのこと。

何でも、サイクリングジャージのポケット(自転車スポーツ用ジャージには、背中にポケットが付いている)に包装ごとすっぽり入るという。

これはいい。補給食代わりに買っていくことにした。

さて、津和野の次は北へ進み、益田へ向かう。この先しばらくは商店等がない山間部が続くので、「道の駅 津和野温泉なごみの里」で体勢を整える。

いざ、益田へ。

ひたすら山の中の県道と広域農道をつないでいく。陳腐な言葉だが“すごい”。信号がない(見た記憶がない)。車もほとんど走っていない。益田には「ゼロ100(100km走って信号なし)」といううたい文句があると聞いていたが、なるほどこのことか。

ペダルをこぐごとに、二日酔いが消えていく。体の中が浄化されていく。スイッチが入る。信号のないこの素晴らしい道が、それを加速させる。東京の近場の有名観光地を走っていたんじゃ、こんな気分は到底味わえない。

いつの間にか頭の中はドーパミンでいっぱいになり、益田市内に入った。何でも手作りうどんが自販機から出てくる商店があるというので、寄ってみる。日本一の清流と評価される高津川沿いにある、「後藤商店」だ。ちょうど腹も減ったところだし。

たしかにあった。手作りうどんの自販機のある商店が。試しに天ぷらうどんを食べてみる。

「あぁ……」

思わず声が出る。うまい。しかしものすごくおいしいというわけでもない。何というか、懐かしい味だ。私はその世代ではないが、かつてはこういう自販機が全国にたくさんあったという。店主によると、もううどんの自販機を作るメーカーがないので、故障した自販機からパーツ取りし、修理しては使っているそうだ。ということは、全ての在庫がなくなって自販機が修理不能になったら、この自販機うどんも終わるということか……。

山口〜島根のコースの最後のハイライトへと向かう。日本海へ出て、“山陰のモンサンミッシェル”と呼ばれる宮ヶ島 衣毘須(えびす)神社へ行くのだ。

小さな漁師町の細い路地を抜け、たどり着いた。かなり場所が分かりづらく着くのは難しいと思えたが、たしかにそこにその神社はあった。

砂浜の参道は潮が満ちると消え、島へ渡れなくなるという。だからモンサンミッシェルというわけか。何となく、島へ渡るのはやめた。ちょっと離れた所から眺める方がいいと思ったからか。

これでこのコースの取材行程は終了。ありがたいサイクリスト向け施設のある萩・石見空港から、帰路へ就いた。

【TRIP2 岡山〜鳥取】 山陽・山陰縦断の旅

次の取材は岡山市郊外を出発し、ひたすら国道で北上して鳥取県へ入り、鳥取市内へゴールするコースだ。距離は171km、獲得標高は約2700m。今回は2泊3日にした。もちろん、1泊2日でも十分だ。

さて、正直このコースは走り始める前から気分が乗らなかった。というのも、コースの約7割が国道を進むことになるからだ。通な自転車乗りなら、まずもって国道は避ける。交通量は多いし道が単調でつまらないからだ。はてさて……。

1日目:素朴ながら絶品の食を堪能(岡山県岡山市〜岡山県津山市)

スタートは備中高松城跡。羽柴秀吉の水攻めで有名な城の跡だ。

まずは付近にある、最上稲荷山妙教寺の名物である大鳥居をくぐっていく。

そして最上稲荷山妙教寺へ。神仏習合の寺社である。

このあたりまではのどかな田んぼ道をつないでいくので、ごきげんだ。

さあ、問題はここから。長〜い国道区間に入る。鳥取県方面へ北上していくのだ。

おや。思ったほどに“国道感”がない。交通量も少ないとはいえそこそこあるのだが、非常に快適で走りやすい。景観もいい。いい道じゃないか。

しばらく走ると、「道の駅 かもがわ円城」がある。地名から取ったということらしいが、何ともインパクトのある名前だ。地元食材を使ったそば料理が楽しめる店があり、ここで昼食に。

店の奥でおじさんが手打ちをしており、コシがあって実にうまい。

さて、ここまでで約50km。ここからは長い上りが控えているので津山あたりで投宿する予定だが、途中で寄り道となるも必ず行くべき店がある。珍しい卵かけご飯の専門店「食堂かめっち。」だ。

地元の棚田と養鶏場で育てた米と鶏卵を使った定食が味わえる。何と500円でおかわり自由! 卵を割ってご飯の上に掛けると、黄金の黄身がぷるんと乗る。

さっきの道の駅から20kmと離れていないのでまだ腹がいっぱいだが、それでも食べる。しょうゆを掛け、混ぜて食す。うまい……。

さらに満腹になった腹を抱え、津山郊外で投宿。初日を終えた。

2日目:峠を越え、いざ鳥取へ(岡山県津山市〜鳥取県鳥取市)

取材2日目。まずは絶景スポットの奥津湖へ。ダムによって作られた人造湖だが、静かな時間の流れる良い場所である。

付近の奥津渓(おくつけい)にも立ち寄る。少し歩きが入るが、たまに自転車を降りて散策するのもまた楽しいものだ。

さあ、ここからは峠越えだ。しばらく立ち寄って補給ができる所がないので、奥津温泉にある「道の駅 奥津温泉」でしっかりと体勢を整える。付近に足湯もあるので、足も温めておこうか。

約20kmのヒルクライム。交通量は少なく、道路はきれいだ。時折しらかばの群生が見られる。距離は長いが勾配は緩やかで、どうしようもない激坂(げきざか)はない。走りへの没頭が始まる。スイッチが入り、頭の中がドーパミンで満たされる。

長い上りが終わり、鳥取県との県境になっている辰巳峠を越える。

ここからは極上のダウンヒルが続く。谷間の絶景をスピーディに抜けていく。交通量はきわめて少ない。気分はもう最高だ。

景勝地の佐治谷(さじだに)も抜ける。ここから平野部に出ていくまではずっと下り。これは貴重だ。快調に飛ばして行ける。

平野部に出ると、「道の駅 清流茶屋かわはら」がある。鳥取市街までは、まだそこそこ距離があるのでここで体勢を整える。構内に店を構える「あなば珈琲」でうまいコーヒーを淹れてもらい、一息ついて最後の平地区間を走る。

そして鳥取市街に到着。2日目はここで投宿だ。

3日目:ここで旅を終えてもいいのだが…(鳥取県鳥取市)

単純に自転車で走るアクティビティなら2日目で終了でもいいのだが、せっかく鳥取に来たのなら、絶対外せないスポットがある。そう、砂丘だ。そのために、余裕を持って3日目の旅程も組んでおいた。

実は、鳥取砂丘は自転車専用ラックがあり、靴を入れたりできるロッカーがある。安心して砂地の観光ができるのだ。サンダルも無料で借りられる。

砂丘の入り口のすぐそばには、「鳥取砂丘 砂の美術館」もある。ここの砂像は圧巻の迫力なので、砂丘を楽しんだらその足で立ち寄りたいところだ。

これにて終了。「鳥取砂丘コナン空港」から帰路に就いた。

次なる旅路はぜひ広島に

さて、これで「山口〜島根」「岡山〜鳥取」の2つの推奨コースを堪能できたわけだが、一つ心残りなことがある。それは中国地方5県のうち、広島県を走る機会をまだ得ていないことだ。

実は、先の2つのコースに加え、中国地方5県を巡る推奨サイクリングコースはもう1つあるのだ。日本海側の島根県・松江から国道を進み、瀬戸内海側の広島県・尾道へと続くコースで、いわゆる「やまなみ街道」と呼ばれるもの。“こちら側の海から向こう側の海へ”、県境の峠を越えて陸地を縦断していくそのさまは、まさに中国地方の「東京-糸魚川(東日本の名物縦断コース)」と言えるだろう。

さらにその先には、愛媛県の今治へと続く「しまなみ海道」がある。やまなみ-しまなみと連続して走れば、それはもうすばらしい旅になるに違いない。

次にこの地へ赴くときは、広島県側へ。そう固く決意した。

“純粋に走りを楽しむこと”と“立ち寄り”とが旅の魅力を生み出す

最後に、この2つの旅がなぜこれほどまでに忘れ得ないものになったのか、今一度考えを巡らしてみる。

自転車、ことにスポーツ自転車の場合は、やはり何と言っても“走りそのものを楽しむこと”に最大の魅力があると思う。それには、魅力的なフィールドが必要だ。

とはいえ、途中で(自転車で訪れやすい)観光スポットや食事処に立ち寄ると、やはりそれはそれで楽しいし、ライドがより充実する。

思うに今回のこれらのコースは、まさにそれにうってつけのものだったのだ。魅力的な街や立ち寄りスポットの間を走りに没頭できるすばらしいフィールドがつないでいる。さらにこの地域特有の、いい意味でのマニアックさが旅の魅力を増幅させていた。そういうことなのだろう。

私は登山はしないが、山を楽しむ人々もきっとそうなんだと思う。“登る行為そのもの”の楽しさがまずあり、それに付随してグルメスポットや観光を合わせて楽しめると、全体として旅が充実したものになるのではないだろうか。中国地方を巡る、マニアックで魅力的なじてんしゃ旅。あなたも、ぜひ。

※サイクリングなどの旅を安全に楽しむためにも、感染症予防対策に十分留意しましょう。「サイクルスポーツ」では、これからのサイクリングの指針として、こちらの記事を公開しています。ぜひ、旅に出る前にご一読ください。

写真:佐藤竜太

2020年夏〜冬、中国地方5県サイクリングコースではスタンプラリーを実施中!

今回ご紹介した中国地方5県のサイクリングコースでは、コース沿いの全25の協力施設と連携し、2020年8月1日〜12月31日までの間、サイクルスタンプラリーを実施しています。期間中にYAMAPを起動させた状態で協力施設を訪れると訪問件数に応じて、金銀銅の特製メダルが入手できる(有料)、旅情あふれるスタンプラリー! ぜひともこの機会に、中国地方5県サイクリングコースを訪れてみてはいかがでしょうか?

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この記事を書いた人

「Cycle Sports(サイクルスポーツ )」編集部員

大宅宏幸(おおや・ひろゆき)

スポーツ自転車専門メディア「Cycle Sports」の編集部員。サイクリングコースガイドやイベントの取材を担当することが多く、全国各地に赴いている。雑誌・WEBの編集だけでなく自ら執筆もこなし、最近は動画の撮影・編集も行っている。仕事と子育てもあって時間は少ししか取れないが、自身もロードバイクとマウンテンバイクを所有し、一人の自転車乗りとしてライドを楽しんでいる。

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