豊肥の山、川、里。豊かな水を巡る〜祖母山・奥岳川〜

ライター

櫻井 卓(さくらい・たかし)

隠れた清流、奧岳川を下る

奧岳川を下るのは、今回で二度目だ。

最初に川下りをした時から気になっていた。この美しい水はどこから来てどこへ行くのか。

上流には山があり下流には里がある。当たり前のことなんだけど、この流れの全貌を意識している人は、自分を含め思いのほか、少ない。

旅先に到着して2日目の朝。透明度が高い水の上にパックラフトを浮かべ、やや二日酔いの頭で昨日飲んだお酒の味を思い出していた。

今回訪れた豊後大野市と竹田市は、あわせて豊肥地区と呼ばれていて、酒蔵が多い。昨日は「吉良酒造」「牟禮鶴酒造」「藤居酒造」などいくつかの酒蔵を巡った。日本酒だったり焼酎だったり、もちろん製法なども各蔵で特色があるが、共通しているのはとにかく美味いこと。これに尽きる。奧岳川をはじめ、美しい川がいくつも流れていて、湧水もある恵まれた地域だから、米も麦も美味しく育つ。

これまでもライターという仕事柄、日本中の水が美味しい地域を巡ってきたけど、どこも豊かな土地だった。人体の半分以上が水分でてきていることも合わせて考えれば、水が美味いは、地域にとって最強の魅力なのだ。

今回の旅の目的は、この水の流れを巡ることにある。

実は上(山)から行こうか下(里)から行こうか迷っていたんだけど、熟考の末、真ん中(川)から。まずは奧岳川上流部から中流部をパックラフト(ひとり乗りのゴムボート)で下り、その後に祖母山周辺の源流域を登山で楽しむことにした。水が生まれる場所から、美しい清流までを余すところなく堪能できる贅沢な旅程だ。

酒蔵「牟禮鶴酒造」にて地元の銘酒に舌鼓を打つ

相棒はYAMAP専属ガイドのヒゲ隊長こと、前田央輝さん。この奧岳川にパックラフトのルートを見つけたのも彼だ。スタート地点の轟橋から艇を下ろす。水は心が洗われるくらいの透明度。

豊後大野市左右知地区の轟橋をスタートとして、豊後清川駅そばのロッジきよかわがゴール。この日は約4時間、8kmの行程だ

「何度来ても良い川だねぇ」

前田さんはすでにピュアモードな全笑顔だ。プライベートはともかく川に対しては浮気性な彼が、いろんな川でこのセリフを言っているのを僕は知っているんだけど、ここはどうやら特別らしい。

奧岳川はけっしてメジャーな川というワケではないけど、その美しさで言えば、有名な四国の仁淀川などにも引けを取らない。そもそも、そのまま川の水を飲める国なんて、世界中探しても日本くらいなものだ。日本は世界に誇る川の国でもあるのだ。

水の美しさが素晴らしいだけでなく、適度な落差もあって、切り立った渓谷になっているこのエリアは、スリル満点のパックラフトが楽しめる。随所にトロ場(水の流れの弱い場所)もあって、そんな場所を見つけてはパックラフトに横たわり、ボヘーっと空を見上げる。良い意味で緩急のある川だ。

途中、激流であわや沈(転覆)! という状況すらも楽しみつつ、川下りを満喫。川の流れを、体まるごと使って感じながら、ゴール地点である「ロッジきよかわ」に着く。

ここは、ナイスガイな若者たちが運営している宿泊施設で、コテージ1棟借りやドミトリーなど、さまざまな方法で滞在できる。目の前は美しい奧岳川という最高のロケーションなので、日帰りで川遊びに来る人も多い。サービスのクオリティも高く、おすすめは地元食材を使ったBBQ。肉の美味さはもちろん、野菜もみずみずしくて力強い味わいがある。これも水が綺麗なおかげなのだ。

「ロッジきよかわ」で、川のせせらぎを聴きながら、目を閉じる。もちろんたっぷりと地元のお酒を体内に注入したし、川下りの疲れも心地良く、ストンと夢の国へ。


清流沿いに位置するロッジきよかわ。下の写真は、空中に浮かぶツリー型ハウス。もちろん宿泊可能だ

アクティビティ後は激旨地元料理店で舌鼓

実はこの豊肥エリアは「ロッジきよかわ」以外にもアクティビティ後のご褒美が充実している。

個人的なおすすめはメンチカツとピザ。豊肥本線の三重町駅前にある「大五郎食堂」は、昭和感あふれる昔ながらの町の定食屋さんで、デミグラスソースがたっぷり掛けられたメンチカツが抜群に旨い。

豊後大野市千歳町にある「カフェ ペーパームーン」は、洒落た店内で自家製ピザを楽しむことができる。他にも、近所にあったら毎日通いたい、隠れた名店が多いのだ。

ペーパームーンでオーダーしたピザ。ランチセットではサラダとドリンクもつく

出会いを求めて街散策へ

2日目、「大五郎食堂」でメンチカツをほおばった後、宿を竹田市内のゲストハウス「たけた駅前ホステルcue」へ移す。この日はあまりあくせく動かず、竹田市でのんびり過ごす予定にしているのだ。古民家を改装したこのゲストハウスで竹田の街の情報をゲットして、さっそくパトロールへと出かける。

竹田市には移住者も多く、この日も何人かと話をした。印象的だったのはその理由で「釣りが好きで」「水が美味しすぎて」など、水が理由で移住してきている人がけっこういたこと。

市内にいくつかある湧水スポットでは、大きなポリタンクを持った地元の人たちが生活用水を汲んでいた。この水でお米を炊くと、驚くほど美味しいのだという。美しい水が生活に根付いていることが、都会暮らしの僕からすると羨ましすぎる。

夕食は、昼のパトロール中に通りかかって気になっていた「リカド」というお店へ。地元食材を使った本格的なイタリアンを楽しめるんだけど、雰囲気はカジュアルという絶妙なバランス感なのだ。

聞けばオーナーの桑島さんはUターン。東京で料理修行をした後、地元を盛り上げるために戻って来たという。1本筋の通った良いオトコで、あっという間に意気投合してしまった。お店だけでは話し足らん! ということになり、彼のお店が終わった後に再び合流して、深夜2時過ぎまで熱く飲みまくったのだ。僕にとってこういう寅さん的出会いは、旅に出る大きな理由のひとつだ。

そして旅の終着点。水が始まる場所へ

翌日は、再び二日酔いの頭を抱えて(地酒が美味しいんですもん……)、祖母山の麓にある「LAMP」というゲストハウスへ。ここにはサウナ小屋があって、そこに行けば、酔いどれた頭をシャッキリさせることができそうという狙いがあったんだけど、この日は残念ながらサウナはお休み中。

ただ、森に囲まれたそのロケーションは抜群で、空気も清々しい。元小学校を改装したという建物は、かつて訪れたカナダのスキーロッジのような佇まいだし、夕食はなんとコースで出てくるという、ゲストハウスとは思えない豪華さなのだ。前田さんみたいなヒゲモジャのおじさんじゃなく、麗しきパートナーと来たい場所だぞ、ここは。

明日は祖母山に登る予定なんだけど、頂上を目指すわけじゃない。僕らのピークは違うところにあるのだ。

祖母山の登山口としては、宮崎側から登るのが最短ルートなんだけど、あえて大分側を選んだのには訳がある。奥岳川源流でこの旅を締めくくるのだ。

豊後大野市コミュニティーバス「尾平銅山」バス停のそばの「尾平登山口」から山に入る。今回の目的地までは片道約20分程度。(YAMAPで祖母山の地図を見る)

登山口を入って、川沿いの道を選んで進んでいく。パックラフトで下ったエリアでも水の綺麗さには驚かされたが、さらに上流部となるここらあたりは、もはや神々しいレベル。

サラサラと流れる川面に光が踊り、豊かな森が作り出す影とともに、幻想的な風景を織りなしている。ここが奧岳川の源流であり、豊肥地区の豊かさの源。水を巡る旅の締めくくりの場所。

この旅を通じて思ったのは、人々の暮らしが、いかに山からもらっているもので成り立っているかということだ。

山の恵み、というと山菜とかキノコとか、山にあるものにしか目が向いていなかったし、なにも考えずに慣用句的に使っていた。けれど水を巡る旅をした今は、山から始まる豊かさの流れが、体感として、ここにある。

そこから一歩考えを進めれば、豊かな山を守っていかなければ、とも強く感じる。山と里は川という血管でダイレクトに繋がっている。豊かな暮らしの元を辿っていけば、そこにはいつも山がある。

パックラフトを使った川の旅をしたいと思ったら?

下記施設では、パックラフトの貸し出しやツアーを実施しています。コースによっては始めたの方でも十分に楽しめる内容となっているので、まずはお問い合わせください。

ロッジきよかわ

レンタル 1艇 2,000円/時(ライフジャケット、パドル込)/予約不要
詳細情報・問い合わせ先は、ロッジきよかわWebサイトをご確認ください。

リバーパーク犬飼

ツアー 7000円(半日)/要予約
詳細情報・問い合わせ先は、リバーパーク犬飼Webサイトをご確認ください。

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この記事を書いた人

ライター

櫻井 卓(さくらい・たかし)

「TRANSIT」、「Coyote」などの旅雑誌を中心に、登山誌「PEAKS」、アウトドア誌「Bepal」、ファッションカルチャー誌「Houyhnhnm Unplugged」など様々なジャンルで執筆中。雑誌連載で47都道府県すべてを取材したこともあり、最近は海外の国立公園をハイキングして記事にすることも多い。今まで訪れた国立公園は、ヨセミテ、セコイア、レッドウッド、ジョシュアツリー(カリフォルニア)、デナリ(アラスカ)、アーチーズ、キャニオンランズ(ユタ)、グランドキャニオン(アリゾナ)、ビッグベンド(テキサス)、サガルマータ(ネパール)、エイベルタズマン(ニュージーランド)、オーバーランドトラック(タスマニア)など。

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